|
本日の礼拝説教要旨
「聖霊の働き」 Tサムエル16:12-13 ヨハネ16:1-15 鎌野 善三師
主イエスは、十字架刑前夜の最後の晩餐の席上で、後に来られる聖霊について弟子たちに詳しく話されました。彼らが意気消沈しないためです。主が去られた後に来られる聖霊は、次のようなお働きをなされる人格的なお方だと、主は仰せられました。
一、苦難に打ち勝たせる
主に選ばれた弟子たちであっても、世の人から憎まれ、迫害される場合があることを主は預言されています。世が悪いからです。しかしその時にこそ、聖霊の働きははっきりと現されます。目に見える主イエスは、迫害されて散らされた弟子たち一人一人と共に、各地に行くことはできません。しかし、目に見えない聖霊なら、どのような所にも共に行かれて、苦難に打ち勝てるようにしてくださいます。だから、主が去られることは、弟子たちの益になるのです。
二、世の人の目を開く
聖霊は弟子たちだけでなく、主を信じない「世の人」の目さえも開かれます。主を信じないことが罪であり、昇天された主は義なる方であり、この世を支配するサタンがさばかれることなどは、聖霊の働きがなければ、だれ一人悟ることができません。現代でも、未信者がイエス・キリストを信じることができるのは、聖霊が働いておられるからです。しかし、その聖霊の働きに反抗して、かたくなに主を受け入れようとしない人がいることも事実でしょう。
三、すべての真理に導く
主イエスからこの話を聞いたとき、弟子たちはその真意がわかりませんでした。著者のヨハネも、ペンテコステの日に聖霊が来られたゆえに、やっと理解できたのです。新約聖書と旧約聖書に記されている「すべての真理」は、聖霊によってのみ合点がいきます。聖霊は、聖書が一貫して教えていることはキリストであることを、悟らせてくださいます。だから、聖書を深く読めば読むほど、キリストの栄光が現されるのです。キリストこそ、道であり、真理であり、命です。
クリスチャンの生涯は、聖霊によって支えられています。私たちはそれを自覚して生きていく必要があります。主イエスの霊が、常に私たちの内に、共にあることを忘れないようにしましょう。
|