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本日の礼拝説教要旨
「マリヤの成長」 イザヤ60:1-3
ヨハネ20:11-18 鎌野 善三師
復活された主イエスに最初に会ったのは、マグダラのマリヤでした。「七つの悪霊」から解放された彼女は、それ以来、弟子たちと同じように、主に従っていたのでしょう。彼女は主を愛していましたが、復活の主は彼女がさらに成長するよう導かれました。
一、マリヤは見た
主が墓に葬られていた間、マリヤは泣き続けていたに違いありません。しかし安息日を終えた後、主の姿を見たいと思った彼女は墓に行きましたが、そこにおからだはありませんでした。弟子に知らせた後、彼女は墓の中をのぞき込むと、そこに御使いがいるのを見ました。でも彼女はまだ泣いています。さらに彼女の背後に立っておられる主を見たのですが、それでも泣きやみません。単に御使いや主イエスを見たとしても、それだけで復活を信じられなかったのです。
二、マリヤは悟った
マリヤは、主を「園の管理人」と思っていました。その思いこみのゆえに、そこに立っておられるのが主だと悟れませんでした。しかし、主が「マリヤ」と個人的に呼びかけられたとき、初めて悟りました。現代、もし主イエスが私たちのすぐ近くに来られても、それが主だと悟ることができるでしょうか。「そんなことあり得ない」と思いこんではいないでしょうか。主は今も私たちの名を呼ばれています。その主に「先生」「私の主」「私の神」と答えられるでしょうか。
三、マリヤは伝えた
すがりつこうとしたマリヤに、主は、「すがり続けるな」と命じられました。マリヤが愛する主イエスと共にいることを何よりも喜びとしていたことは素晴らしいです。でも主は、父なる神のもとに行かねばなりません。彼女はそこから立ち上がり、他の弟子たちに復活の事実を知らせねばならないのです。マリヤは主に命じられたとおりに伝えました。現代の私たちの使命も同じです。主の姿を見て悟った者は、それを伝えるという使命があることを銘記しましょう。
たとい肉眼で主を見ることがないとしても、主がおられなくなったのではありません。後に聖霊がくだったときに、弟子たちはそれを知りました。今も聖霊がおられるゆえに、私たちは伝道できるのです。
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