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本日の礼拝説教要旨
「尽きない喜び」 申命記3:7-8
ヨハネ20:19-23 鎌野 善三師
日曜の早朝に復活された主イエスは、その日の夕方、不信仰な弟子たちにご自身を示されました。その結果、女性たちの話だけでは信じなかった弟子たちも、やっと信じることができたのです。この時、彼らは尽きない喜びに満たされました。それは、次のような喜びです。
一、平安がもたらすもの
男の弟子たちは、自分たちもユダヤ人に捕まるのではないかと恐れて部屋の中に閉じこもっていましたが、主はそこに入ってこられました。彼らはどれほど驚いたことでしょう。しかも主は彼らの不信仰を非難されたのではなく、「平安があるように」と励まされたのです。叱られると思っていたのにかえって励まされたなら、嬉しいにちがいありません。今でも主は、復活を信じられないような人々にでも、「平安があるように」と励ましてくださるのです。
二、確信がもたらすもの
さらに主は、彼らに手とわきとの傷跡を見せられました。その時にいなかったトマスにも、その後に同じ事をされました。復活のからだには本来、傷もしみもないはずなのですが、主の体にはありました。私たちの傷をすべて負われたからです。不信仰な者に、あえて目に見えるしるしを示される主の憐れみがここに明らかにされています。今でも主は、必要な人には驚くべきしるしを見せてくださいます。
三、聖霊がもたらすもの
その後主は弟子たちに、「わたしもまた、あなたがたをつかわす」と仰せられ、「聖霊を受けよ」と命じられました。実はこれこそ最も大切なことでした。聖霊が共におられるということを知るなら、平安も確信も与えられるからです。その結果、自ずと人々に福音を伝えることもできるようになります。他の人々の罪を赦すという素晴らしい働きに加わることができるようになるのです。逆に、だれかの罪を赦すことがないなら、その罪はそのまま残ることを忘れないでください。
しかし実際に聖霊が弟子たちに下ったのは、それから7週間後のことでした。その間、彼らはまだ全面的に信じることはできていなかったようです。それでも弟子たちの心には不思議な喜びがありました。その喜びは、私たちも得ることのできるものなのです。
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