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本日の礼拝説教要旨
「偽りの救い」 申命記8:2-5 マタイ4:1-11 鎌野 善三師
主イエスは、洗礼を受けられた直後に、「御霊に導かれて」悪魔の試みを受けられました。それは、主が私たちと同じ肉体を持たれたからです。主は私たちと等しくなり、悪魔の試みから救われる道を示されました。悪魔は今も、次のような偽りの救いをちらつかせます。
一、パンによる救い
主が40日に渡って断食をされたのは、旧約聖書を読み、祈るためでした。空腹になられたとき、石がパンになるよう命じよ、と悪魔は言います。肉体を持つ人間にとってパンは確かに必要ですが、「人はパンだけで生きるのではない」と聖書は断言します。飽食の日本で、毎年3万人以上も自殺者があるのです。お腹を満たすだけでなく、心も満たさなくてはなりません。主は、「わたしはいのちのパンです」と言われました。主は、パン以上のものを与えてくださいます。
二、奇跡による救い
悪魔は、幻の中で主をエルサレム神殿の頂きに立たせました。そして詩篇を引用し、そこから飛び降りても怪我一つしないという奇跡を示して、自分の力を知らせよと言うのです。今でも、奇跡で人々を引きつけようとする者もいます。でも、悪魔が引用した詩篇は、日常生活の中で神を信頼するなら、すべての危険から守られることを言っていることに留意しましょう。主に信頼する人は、奇跡があってもなくても問題ありません。奇跡が人を救うのではないからです。
三、栄華による救い
さらに悪魔は、主にこの世の栄華を見せ、「私を拝むなら、これを全部あなたに差し上げましょう」と言います。確かに、現在の世界は悪魔の支配下にあるように思えます。そしてこの世で富み栄え、有名になることを求める人々も多いです。しかし、太閤秀吉でさえ、「難波のことは夢のまた夢」という辞世の句を残しました。それらは人を救いません。永遠の命を与えて下さる主イエスこそ、本当の救いを与えて下さる方です。だからこの方のみを礼拝するのです。
私たちは、本当の救いを自覚しているでしょうか。現在の世界での満足を追い求めていると、悪魔の罠にかかることを忘れてはなりません。ただ、神のみを礼拝する態度を明確にしましょう。
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