本日の礼拝説教要旨   

 「ヨセフの信仰」  創世記28:10-15 マタイ1:18-25         鎌野 善三

 神の子イエスがこの地上に人として生まれるためには、母マリヤの敬虔な態度とともに、父ヨセフの信仰も重要な意味をもっています。ユダヤ人の伝統に忠実なマタイは、ヨセフの信仰がどういうものであったかを、次の3つの点から述べています。

 一、人知を越えた神を信じる
 ヨセフは、マリヤが妊娠したことを知って、驚愕したに違いありません。このままではマリヤが石打の刑に処せられると思って、内密に婚約を破棄しようと考えました。その事で心に痛みを感じていたヨセフに、主の使いが夢の中で現れ、彼女の妊娠が聖霊によるものであると告げたのです。人知では理解できないことでしたが、誕生する子には「民を罪から救う」という使命があることも告知されて、彼は神がなさることと信じて受け入れたのです。それが彼の信仰でした。

 二、人となられた神を信じる

 御使いはマリヤにもヨセフにも現れ、救い主の誕生を告げました。しかし、御使い自身は救い主にはなることはできません。人をその罪から救うためには、人と同じ肉体を持たねばならないからです。罪の現実の中で生を受け、そこで生活し、様々な誘惑の中にあってこそ、救い主としての使命を果たすことが出来るのです。だからこそ、このお方は、私たちと同じく赤ん坊で生まれ、乳飲み子となり、少年時代を過ごされました。ヨセフはそれをしかと見届けたのです。

 三、預言を成就された神を信じる

 眠りからさめた後、ヨセフが妻マリヤを迎え入れたのは、夢を見たからだけではありませんでした。イザヤが約700年も前に預言していた言葉を思い出したからでもあります。「処女がみごもっている」とのみ言葉の真意を、ヨセフは誰よりも先に現実に経験したのです。彼は、旧約聖書に記されている神が、預言を成就されたと信じたからこそ、この重大な決断をすることができました。そして、御使いの言葉に従って、生まれた子をイエスと名付けたのです。

 ヨセフも悩み苦しみました。しかし、最終的に「神のなさることに間違いはない」と神を信頼してマリヤを迎え入れました。彼と同じ信仰を、現在の私たちが持つことは、決して不可能ではありません。

礼拝説教

 Home

 Top Page

[注意:当教会は、聖書に忠実な信仰に立つ教会です。ものみの塔(エホバの証人)、
モルモン教、統一教会等とは一切関係ありません。]

Copyright 2007 Ikedachuochurch.com