本日の礼拝説教要旨 (2007/11/11)
「神と戦う」 創世記32:22-32 Ⅱコリント12:8-10 鎌野 善三
ヤコブは、ベテルの経験をして後、伯父ラバンの家に行き、神の祝福のゆえに多くの家畜と子どもたちを得ることができました。そして主は約束どおり彼を故郷に帰らせて下さるのですが、エサウが400人の家来と共に迎えに来ることを聞いたヤコブは恐れを感じます。
一、敗北の戦い
ヤボクの渡しで、ベテルの時と同じように、彼は一人になりました。そこに一人の人が現れ、彼と格闘を始めたのです。エサウの手先と思ったヤコブは、必死に戦いました。朝方まで戦って、ヤコブに勝つことができないと思った相手は、最後にヤコブのもものつがいをはずしました。そうなると、ヤコブの負けははっきりしています。それでもヤコブは相手にしがみついて、離そうとしませんでした。自分の敗北を認めたくなかったからでしょう。
二、勝利の戦い
「わたしを去らせよ」と言う相手が神的な人物だと気付いたヤコブは、「私を祝福してください」となおしがみつきます。「あなたの名は何というか」と尋ねたのは、ヤコブが自分はどういう過去をもって歩んできたかを省みるためでした。自分が「押しのける者」であることを認めたヤコブに、この人物は「あなたは勝った」と宣言します。自分がどれほど身勝手な者であるかを認める時に、神は「あなたは勝った」と言われることに注目してください。
三、恵みの戦い
ヤコブは、神の顔を見たら死ぬはずなのに生きていることに、また負けたのに「勝った」と言って下さったことに驚きました。自分中心に考え、自分の得ばかりを考えていた彼を、神は何と忍耐深く、恵みをもって取り扱ってくださったことでしょうか。幼稚園児がお父さんと相撲をするとき、お父さんがあえて負けてあげるようなものです。それは、ヤコブが神の恵みを深く知るためにほかなりませんでした。私たちも、ヤコブと同じようなものではないでしょうか。
ベテルで神の臨在を知ったヤコブも、ペニエルの経験を通して、初めて神の恵みの偉大さを体験したのです。主イエスを信じた私たちも、さらに主の恵みの深さを味わう者となろうではありませんか。
礼拝説教
[注意:当教会は、聖書に忠実な信仰に立つ教会です。ものみの塔(エホバの証人)、
モルモン教、統一教会等とは一切関係ありません。]
Copyright 2007 Ikedachuochurch.com