礼拝説教
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本日の礼拝説教要旨
「信仰とは何か」 創世記15:1-6 ローマ 4:18-22 鎌野 善三
アブラハムは「信仰の父」ともいわれる有名な人物です。しかし彼の生涯を詳細に見てみると、決して順調な時ばかりではなかったのです。75歳で神の声を聞き、父親のもとから飛び出して約10年後、彼は大きな山にぶちあたりました。その時、彼はどうしたでしょうか。
一、自分の弱さを認める
神が彼に「あなたの受ける報いは非常に大きい」と語られた時、彼はけんか腰で神に訴えます。 「あなたが息子を下さらないので、奴隷が跡取りになるんですよ。子孫を増やすと約束されたのに 、いったいどうなっているんですか」と。彼は、自分がどれだけ不信仰で弱い者かを神の前にさらけ 出しました。自分の弱さを認めることは、恥ずべきことではないのです。本当に不信仰な人は、 神に語 ろうともしません。弱い自分のありのままの姿を、遠慮無く神に示しましょう。
二、神の強さを認める
神はそんなアブラハムを屋外に連れ出し、満天の星を見せて言われました。「この星を数えること ができるか」と。とてもできないでしょう。しかし、神はその星を創造されたお方です。そして、「あな たの子孫はこのようになる」と、重ねて約束されました。彼も、人間の手が造った偶像でない神を、 改めて信頼したのです。本当の信仰者は、自分の力を信頼しません。自分を見ないで、天地を 創造された偉大なお方を仰ぎ見ます。それこそが「信仰」なのです。
三、忍耐強く待ち望む
しかしアブラハムに息子が与えられるのは、それから15年ほど後のことです。その間、女奴隷によ て子どもをもうけるという失敗をしたことも、聖書は隠していません。それでも彼は、約束の成就を 待ち望んでいました。彼の死後も、子孫がカナンの地を領有するためには600年ほどの年月が必 要でした。神の約束は必ず実現するのですが、その時期は神ご自身がお定めになることを銘記し ましょう。私たちは、ただ主を信頼し続けて、待ち望むことが必要なのです。
信仰とは、神との信頼関係です。たとい私たちが失敗しても、主は決して私たちを見捨てられません。だから、私たちも主を信頼し続けましょう。そして最善の時を忍耐強く待ちましょう。