本日の礼拝説教要旨

 「道・真理・命」  詩篇40:7-9 ヨハネ14:1-7             鎌野 善三

 主イエスの言葉として有名なものの一つに、「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」があります。主はそれらを「教える」のではなく、そのものだと言われました。これは、最後の晩餐の席上で不安を覚えている弟子たちに語られたことに注意しましょう。

 一、道であるキリスト
 主は、「わたしの父の家には、住まいがたくさんある」と言われました。神を「わたしの父」と呼び、弟子たちが「父の家」つまり天国に行けるよう、十字架と復活/昇天の道を歩み、その後に迎えに来ると明言されたのです。主イエスは、私たちが天国に行くための道です。地図で道を教えても、迷う人は時々いますが、目的地を知っている人が自分の前を歩んでくれるなら、迷う心配はありません。毎日、主イエスと共に歩むことこそ、天国への最も確実な道だと知ってください。

 二、真理であるキリスト
 当時はギリシャ文化が繁栄していて、真理を知ることが人間として重要であるという考えが支配していました。しかし、どんなに賢い人や知恵のある人でも、悪の道を歩んだり、悩みを抱えていたりする例は山ほどあります。主の言われる真理とは、神と人とを信頼することです。ちょうど幼児が親を信頼するように。天国への道にある人は、前を歩くお方を信頼しているからこそ、従っていきます。これは、人格的真理と言うことができるでしょう。

 三、いのちであるキリスト
 キリストを信頼し、その後に従って歩んでいくなら、「父の家」に着くことができます。そこに至るまで、日々私たちはいのちの道を歩むのです。天国を、死んでから後に行く所だと誤解してはなりません。それは、はるかに望み見るだけでなく、今、ここにあります。主イエスを見ていた弟子たちに、主は「わたしを見た者は、父を見たのです」と言われました。信仰によって主イエスを見ている私たちは、すでに父なる神を見、永遠のいのちを与えられているのです。

私たちの毎日の生活は、主イエスと共に歩く日々です。小さいこと一つ一つに、天国の姿を発見しましょう。「悲しみ尽きざる憂き世にありても、日々主と歩めば御国の心地す」(新聖歌268)なのです。

礼拝説教

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