礼拝説教

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[注意:当教会は、聖書に忠実な信仰に立つ教会です。ものみの塔(エホバの証人)、
モルモン教、統一教会等とは一切関係ありません。]

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本日の礼拝説教要旨

「聖書は信仰の基準」  箴言2:1-6 Ⅱテモテ3:14-17       鎌野 善三

 「わたしたちは信じて告白します。旧新約聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれた、誤りのない神のことばであり、キリストをあかしし、福音の真理を示すもので、教会の拠って立つただ一つの正典です。聖書は、わたしたちに、神と救いについての完全な知識を与えるものであり、信仰と生活の規準です。」
 今週から5回、私たちの教団の信仰告白を学びます。「使徒信条」は、キリスト教会に共通する信仰を告白したものですが、詳しい内容は含まれていません。聖書論とか聖霊論は省略されています。私たちの信仰告白は、まず聖書とはどんなものかを明らかにします。

 一、伝えられてきた聖書
 「わたしたちは」で始まるのは、これは2000年の間、伝えられてきたこと、単なる個人的な告白でないことを示しています。テモテが学んでいた聖書もそうでした。聖書が書かれた時、実際に筆をとったのは人間ですが、その真の著者は神です。それゆえ、内容には誤りがありません。私たちは、正しくそれを理解する必要があります。

 二、救いを与える聖書
 新約聖書だけでなく、旧約聖書の中にもキリストがあかしされています。このお方は、律法を守れない人間に救いを与えるために、犠牲となられました。良い行いでなく、信仰によって救われるという知らせこそ、福音と呼ばれるものです。聖書が示すこの真理は、他のどの書物にも書かれていません。だから、ただ一つの正典なのです。

 三、神の人を整える聖書
 救われた人は、聖書を読むことによって成長を始めます。聖書は人を教え、戒め、矯正し、訓練し、「神と救いについての完全な知識」を与えて、全ての良い働きのためにその人を整えるのです。聖書を読まなければ、その人は荒削りのままです。人格と行動が整えられるためには、聖書を「信仰と生活の規準」として従う必要があります。

 聖書は、世の中に溢れている書物の一つではありません。それなら、こんな古文書は現代社会に何の影響も与えないでしょう。どんな時代のどんな文化の人々にも、真に正しい道を示しているからこそ、今も読まれています。私たちも聖書を生活の中心におきましょう。