礼拝説教
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本日の礼拝説教要旨(2007/7/29)
「エノクの生涯」 創世記5:21-24 ヘブル11:5-6 鎌野 善三
アダムとエバが罪を犯して以来、人間は肉体の死を迎えねばならなくなりました。アダムの子孫の系図には、「彼は死んだ」という言葉が繰り返されます。しかしエノクだけは、「彼はいなくなった」と記されています。その理由は、彼の生涯を学んで見るとわかるでしょう。
一、他の人々より短命だった
この系図に登場する人々は、ほとんどが900歳前後まで生きましたが、エノクの一生は365年でした。長寿が幸福とするなら、彼は不幸な人だと思われるかもしれません。しかし、長寿の人はみんな幸福だと言えるでしょうか。問題はその生涯の中身です。ぶつぶつと不平を言いながら100歳まで生きるのと、喜んで神と人に仕えて30歳で亡くなるのとを比べるなら、それがわかります。人の地上の生涯は、永遠の命という観点から見ると、ほんの瞬間なのです。
二、神と共に歩んだ
エノクの生涯を述べるのはたった4つの節ですが、その中で2度も「神と共に歩んだ」と表現されています。これは、聖書で最初に出てくる表現です。アダムとエバが罪を犯した時、神の歩まれる音を聞いて隠れたのと正反対の生き方です。神と共に歩むことは、決して人と共に歩むことと矛盾するのではありません。神と共に歩まれた主イエスは、同時に罪人と共に、貧しい人々と共に歩まれました。神と共に歩むとき、弱い人々と共に生きることができるようになります。
三、神が取られた
「神が取られた」とは珍しい表現です。ヘブル書11:5には、「信仰によって、エノクは死を見ることのないように移されました」と書かれていますので、エリヤのように直ちに天の御国に移されたのかもしれません。それは、彼の生涯が「神に喜ばれていることが、あかしされ」るためでした。神に喜ばれるのは、神と共に歩む生活です。常に神様を意識する生活です。そのような生涯を求めるなら、神は必ず報いてくださることを信じましょう。
私たちは、神と共に生きるか、それとも神から隠れて生きるかを選択せねばなりません。口癖のように、「主よ、助けて下さい」、「主よ、感謝します」と祈ることのできる者になりましょう。