礼拝説教
本日の礼拝説教要旨(2007/7/15)
罪の本質」 創世記3:1-10 ローマ5:12-15 鎌野 善三
天地創造後の世界は「非常に良かった」と記されています。しかし、現在の世界を見ると、とてもそのようには思えません。それは、人間が神の御心にそむいてしまったからです。これが聖書の言う「罪」であり、その本質は次のようにまとめることができるでしょう。
一、神の言葉を誤解する
サタンの象徴であるヘビはエバに近づき、神の言葉を疑わせようと巧みに語りかけます。神はあなたがたの自由を奪い、うそをつき、悪意を抱いているのだと、神と人との信頼関係をこわそうとしました。人と人との間でも、信頼関係が失われることから悲劇が始まります。現在でも、多くの人々は神を信頼しようとは思いません。サタンが神の姿を見えなくし、神の言葉に疑いを持たせているからです。クリスチャンに対しても、サタンは巧みに働きかけてきます。
二、神のようになろうとする
「善悪の知識の実」は、「食べるに良く、目に美しく、賢くなるには好ましい」と思えました。今もそのような魅力的なものが私たちの周囲にはあふれています。「善悪の知識」が問題なのは、自分の都合で善悪を判断しようとするからです。「神のようになる」とは、自分の判断を絶対的に正しいとする態度にほかなりません。しかし、神に創造された人間は、神の前に謙遜に、神の言葉に従って歩むことこそ、一番大切であることを忘れてはならないのです。
三、神から隠れようとする
「善悪の知識の実」を食べた人は、確かに「目が開かれ」ました。しかしそこで気付いたのは、恥ずべき裸の自分の姿でした。自分がしたことが神の前に悪かったことを認めざるを得ませんでした。そこで、彼らは神の目から隠れようとしたのです。でも、どんなに隠れても神はご存じです。そして、「あなたはどこにいるのか」と、探しておられるのです。たとい、「神はいない」とか、「神などいらない」と言っている人々であっても、神は探しておられます。
自分を正しいと考え、自分中心に生きている人々は、私たちの周囲に多くおられます。そういう方々に、神の言葉を知らせるのが、私たちの責任です。サタンのしたたかさに負けてはなりません
[注意:当教会は、聖書に忠実な信仰に立つ教会です。ものみの塔(エホバの証人)、
モルモン教、統一教会等とは一切関係ありません。]
Copyright 2007 Ikedachuochurch.com