6月3日
礼拝説教

本日の礼拝説教要旨

 「苦難に打ち勝つ」 ヨブ1:1-12  Ⅰコリント10:13
                       鎌野 善三牧師

 ヨブは、理想の父親だったのですが、理不尽な苦難にあいました。なぜそんなことがおこるのでしょうか。ヨブ記の冒頭に、その理由を垣間見ることができます。それを理解するなら、私たちが様々な苦難にあったときにも、それらに打ち勝つことができるでしょう。

 一、サタンの悪意
 サタンは想像上の存在と思ってはなりません。バイキンマンのような姿をしているのではありませんが、今でも人間の心に働きかけて、様々な悪を行わせます。彼は神の前に出て、ヨブを高く評価される神に反論します。ヨブから持ち物を奪い取るなら、彼は神をのろうようになると。サタンは常に人を悪く評価します。「人間ってものは、しょせん自分の利益だけで動くものさ」とうそぶくのです。確かに、サタンの誘惑によって、多くの人々が人生を台無しにしてきました。

 二、神の善意
 神は、ヨブのことを「彼のように潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっているものはひとりも地上にはいない」と、善意をもって評価されていました。苦難にあうとき、「神も仏もあるものか」と訴える人はたくさんいます。しかし、神が苦難を与えておられるのではありません。ある時は自業自得で、またある時はサタンの奸計で、苦難は襲いかかるのです。神はヨブを信頼するがゆえに、条件つきで、サタンに「ヨブをおまえの手に任せよう」と言われました。

 三、ヨブの決意
 サタンの手先になった悪い人々によって、ヨブは当時の財産であった家畜を奪い取られ、また天災によって一瞬にして10人の子どもたちを失ってしまいました。しかしその時、彼は神を礼拝して言ったのです。「主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな」と。彼は、財産も子どもたちも、主が与えてくださったものと理解していたからこそ、このように告白できたのです。ここには、神を信頼し続けようとするヨブの決意が表明されています。 私たちの人生にも、ヨブほどではないにしろ、思いがけない苦難がやってくるものです。しかし、すべての背後に神の善意があることを認め、このお方に信頼し続ける堅い決意をしようではありませんか。

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