6月3日
礼拝説教

本日の礼拝説教要旨

 「聖霊による歩み」創世記39:2-5 ガラテヤ5:16-26         鎌野 善三

 聖霊とは、現在も私たちと共にいてくださる主イエスのことだと学びました。このお方と共に歩む日々の経験が、ガラテヤ書に書かれています。それは、律法にしばられる生活ではなく、聖霊のなして下さる御業に委ねて歩む自由な生活です。

 一、肉と対立する

 それまで何の気なしにしていたことが、主イエスの望まれる生き方ではないことに気付くようになります。「肉の欲」とは、生まれつきのままの人が欲することです。それは自分の利益や、自分の家族・関係者の利益のみを追求する生き方です。しかし、聖霊と共に歩むようになると、それができなくなります。「不品行、汚れ……ねたみ、酩酊、遊興」と言われているものから離れたくなるのです。それらが楽しいことだと思われなくなることは、聖霊が働いておられる証拠です。

 二、聖霊の実を結ぶ

 主は、「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である」と言われ、ご自分につながっているなら、豊かな実を結ぶと確約されました。実を結ぶとはごく自然なことです。決して無理をするのではありません。「愛、喜び、平安」は、主イエスと交わっているなら、おのずと生み出されます。そして他の人に対して「寛容、親切、善意」が示せるようになります。さらに、「誠実、柔和、自制」という品性が作り出されるのです。たとい、結実までかなりの時間がかかろうとも。

 三、十字架につける

 「キリスト・イエスにつく者」とは、主と一体化した人という意味で、ぶどうの幹と枝のような関係です。そういう人は、主が十字架につかれたのですから、自らも十字架につくことを厭わなくなります。自分の情欲や欲望よりも、主イエスのように他の人を助けることを求めるようになります。でも、それが簡単にできるわけではありません。日々、「十字架につける」という決断を新たにする必要があります。それは、キリストのように生きることを求める決断です。

 聖霊による歩みは、毎日毎日、み言葉を読み、祈る生活の中で、次第に現実化していきます。たとい上がり下がりがあっても、あきらめないで継続していきましょう。

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