3月25日
礼拝説教
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本日の礼拝説教要旨
「神の国の完成」 創世記2:7-10 黙示録22:1-7 鎌野 善三
聖書の最後の2つの章は、「新しい天と新しい地」の中にある「新しいエルサレム」の姿を記しています。それは、創世記2章にあるエデンの園よりはるかに優れた「神の国」です。ヨハネは、私たちが理解できる言葉を用いて、完成した神の国を描いています。
一、豊かな実がある
いのちの水の川によって成長するいのちの木には、諸種の実が豊かに結ばれます。エデンの園の中央には、もう一つ善悪の知識の木がありましたが、それはここにはありません。全てが善だからです。いのちの木の実は自由に食べることができますし、その葉は諸国民をいやす力があります。将来における神の国においても、いのちの実が必要だとしたら、この地上に生きる私たちには、もっとこの実が必要です。いのちの水である主イエスからいのちの糧をいただきましょう。
二、明るい礼拝がある
神と小羊(キリスト)は一つの御座につき、その御顔の輝きは都を明るく照らしています。神ご自身がエネルギーの源ですから、ともしびも太陽も必要ではありません。そしてその光を受けた者たちも明るく輝き、しもべとして喜んで主を礼拝するのです。クリスチャンとは、まさに神の名を記された者たちであり、互いに仕えあうことを喜びとします。そういう者が、この都を治めることを忘れてはなりません。現在でもそのように生きることができれば幸いです。
三、確かな信仰がある
以上のことは決して作り話ではなく、「信ずべきものであり、真実なのです」。主イエスの弟子であったヨハネは、この黙示録に記したすべてを御使いから示されました。そして、「見よ、わたしはすぐに来る。この書の預言のことばを堅く守る者は、幸いである」との主イエスのことばをそのまま信じて歩んでいたのです。主がいまだにおいでになっていないのは、救われるべき人々がいるからだと受けとめ、確かな信仰をもって、主の再臨を待ち望もうではありませんか。
主イエスによって宣べ伝えられた神の国の福音は、2000年の間に、全世界に拡がりました。終末がより近いものと感じられるこの時代だからこそ、神の国の完成をひたすら待ち望みましょう。